蛇足
この状況は、あれだ。何かと近いと思ったら、これだ。
http://d.hatena.ne.jp/toled/20080407/p1
ただ、この事件について話題にしたブログ(↑以外)をいくつか読んで印象に残ったのは、この青年たちの状況に対する介入への揶揄(やゆ)や迷惑感情の発露である。サヨク的なイベントに来ておいて青年たちへの反感を表明している人々は、ネグリや壇上の知識人から何ごとか重要なことを注入してもらいたかったのだろうか? その権利を侵害されて憤慨しているのだろうか? このイベントの秩序を乱した青年たちへの聴衆の反感は、与えられるべきものを手に入れられなかった消費者のクレームを思わせる(皮肉なのは、当のネグリ自身の思想が、そのような態度を真っ向から批判するものであるということだ)。「古くさい運動家にうんざり」などと書いている人は、子どもの頃から慣れ親しんできた教室空間にはうんざりしないのだろうか?
少なくとも個人的には、ここに書かれたのと同型の展開のにおいがするのよね。
トリアージなんて面白単語を持ち出さなくても十二分に説明できることを、意図的にその言葉を選んでおいて、わかりきった反応が返ってきたからって揶揄している*1、ということなんだろうけど、その周囲の評価がね。なんとも、アレげ。
てか、これってよくある教員のルサンチマンだよね。自分の講義と学生の態度の間で煩悶して、怒りや憎しみを「馬鹿」にぶつけるっていうさ。で、これが「ふつう」とか「問題ない」って言ってる人たちは、アレかな――<空気>を読んで、教師の望んだ(意図した)ものを勝手に思いなして、そのように望まれた回答をすることが妥当な振る舞いだと考えてるのかな。
小学生じゃあるまいし、それじゃ学習したことにはならないね。お望みなら件のお嬢様(方)を「馬鹿」と呼んでもいいけど、それって、価値序列としての優劣じゃなくて単なる権力関係における優劣じゃないの。
そういうわけで、toledセンセイが噛みついたのは理の当然なのでした。
で、例によってサヨクが云々って評価してる人もいるけど、この場合、なるほど物事の現れとしてウヨサヨ問題に回収することもできるけど、基本的には形式的なものというか、態度というか、志向の問題じゃないのかな。まあ、それに対する批判をしてサヨク呼ばわりもいいけど、左とか右とか関係なくこの手の問題(あるいは、そのような人)ってのは存在するんじゃないの?(専ら左派的な社会運動でいえば)前衛気どりのバカとかがいるわけだし、集会やら学習会でも不勉強な人間や情緒的反応を返す人間をあからさまに馬鹿にする類の知性派の方々も散見されるわけでして、人品の問題を即座に政治的な志向性に結び付けても得られるものは少ないんじゃないの、と思いましたですよ。
ああ、あと、あれだ。PC詳しい人とかが、会社とか学校で集団相手に教えてる時のいらつき具合にも似ているね。なんでこの程度のこと理解しなんだ、このカス共的な。そりゃあ、君の関心とは異なる関心で当該対象に接しているからだよ。
*1:ちょっと、怖いんですけど、あの人、まさか本気でショックを受けたり、失望したわけじゃないよね?或いは言い換えてもいいけど、皆、この手の反応に一々本気で苛立つの?だとすれば、病院に(略)。