■むー?


この手の話題になると途端にアクセス数が増えるようで、ナショナルボルシェヴィキからオールドリベラルのパターナリストに至るまでのヤポネシア人民ファッショの将来を担う前途有望な皆様におかれましてはイデオロギー的相違の手前にある認識として大方の同意が得られたようで何よりございますけれども、翻って本エントリが反動諸氏をして一体何か得さしむ所の有るかは吾人大いにこれを疑るものであります。

さて、それはそれとして、ブクマコメントに何やら微妙に動揺されている反革命分子の方々が散見されますので、要らぬ煽り応答したく思います。


>cometori
>ご尤もと思いつつ何か釈然としない。うーん・・・/『労働者が経営側の論理なんか聞く必要』は確かに無い。とくに労災・リストラクチャリングを口実にした解雇には/こういう譲歩じみた発言も「敵」陣側なのだろうか


なにをして譲歩と言われているのかが分かりかねますので、何とも言いようが御座いませんが、ワタクシ様は当該エントリにおいて、別段に急進的かつ革命的ディシプリンを云々した覚えは毛頭なく、飽くまで労働者の闘争における原理原則を肯定したまでで御座いますので、何が「敵」かと言うことも余り明らかではないと思います*1

ワタクシ様は一旦始まってしまった闘争に関しては原則的に支持いたしますが、皆様におかれましては各々の選好に従って思う存分ケチをつけるなり、非難するなりすればよろしいかと存じます。とはいえ、当該エントリからは如何なる闘争であれば支持しうるかの原則的基準は見いだせないかと思われます。端的に、労働者の闘争は労働者の自己利益に沿うものであるべきこと、そして、その程度の当たり前の認識がまるで認知されていないかのような現状は誤っていること、階級は既にあるし、プロレタリウスはその本来的な意味である無産者として現に存在しているということ、最後に統一的な<われわれ>が要請されるときには必ず無産者にしわ寄せが来る論理がつかわれること、その四点のみが当該エントリの趣旨であります。


>kmaebashi
>労働者は自分の利益は自ら闘って勝ち取れ、と。…なんというか、すげえ自己責任で自助努力のマッチョな世界ですね。

そうなん?でも、残念ながら僕は、自分のご飯を自分で作らないと誰も作ってくれないんだ。それ、「マッチョ」なの?病気になったらって?うん、病気は怖いよね。僕の医療保険は、もうすぐまともに控除が効かなくなるかもしれない。どうしよう。どうしたらいい?誰も認めず誰も振り返らないのなら、自分でやるしかないんじゃない?でも、ひとりで何か出来るとは思わないし、僕の声はあまりに小さい。だから、友達*2を見つけて、仲間に引きずり込むんじゃないかな。

不愉快だったり苦しかったりする時に声を上げるのは「自己責任」ていうの?僕の生活について、自分自身が何か言わないなら誰が言うの?あるいは君がこんなものは過酷すぎるし、あまりに生き辛いって言うのならそれでもいいけど、その時だって不満を述べるのは誰なのさ。


>t_yano
>これだと経営者側は斜陽産業でも労働者優先すべきで、事業を縮小して労働者を減らすことはフェアじゃないから許されないってことになるのかな


フェアかどうかは問うておりません。彼らが好き勝手にやるなら、こっちも好き勝手にやるのが道理であるし、既に現状において前者が正当化されているのなら、後者もまた正当なものであると申し上げたまでです。そして、労働争議に関して如何なる戦術を採用するかについての決定権を持つのは当事者以外ではありえない、とこう考えております。答えになりましたでしょうか?


>gav
>真っ先に不況になり、遅れて回復する地方にも共通の、真っ先に切られる弱者。戦わざるを得ない。が、零細の社長の場合弱い個人にも見えて・・労使の顔も見えないような使い捨て企業ならがんがん


さて、労使の関係は労働者一人一人の人生や生活が千差万別であるように、そして又恐らくは経営者もそうであるように、様々なものでしょう。個人的には退職金程度は頂くべきだと思いますが、何れにせよ何を佳しとするかに関して最終的に決定するのは、現場の労働者本人たちです。それはそうです。けれども、私たちは現状にあって何故かいつも譲歩し、理解を示し、納得し、我慢することを強いられています。そうすべきかどうかということに関して、我々は如何なる根拠よりも手前で判断を強制されいます。こうした有り様は、根本的に間違っています。そして、それは是正されねばなりませんし、この認識に関する闘争は永続的でしかありえません。我々は我々自身の利益に沿って行動することを認めさせねばならないのです。無産者・貧民窮民の類は常に社会的に劣位に置かれます。我々は他人たちが都合よく決めた「平等」や「妥当性」を受け入れる必要はないし、その中に詐欺的な誤魔化しがあることをよく知っています。結局、自分自身について決めることが出来なければ、又そのことを他人たちに認めさせることができなければ、我々は我々の生活条件すら整えることができないのです。


>netisfree
>こういう自己欺瞞に満ちた労働観が労働運動を衰退させたことに筆者はなぜ気づかないのだろうか? アホ?


アホというのはその通りなのでお褒め頂き大変恐縮でございますが、よろしければ前段において述べられている「自己欺瞞に満ちた労働観」についてご教示頂けないでしょうか?労働者の生活要求はやはり組合主義の弊害に陥り、社会改良にしか行きつかないというお話でございましょうか?もし、そうであるならそれはそれで大変真摯に受け止めねばならない重大な問題提起でございますが、一体に生活要求の如何なる水準が問われているかに関するどのような分析もなく、生活要求それ自体を改良主義的と申されるのは如何なものかと思われます。労働運動を衰退させたのは確かに自分自身の階級的意思と全般的変革への希望よりも生活要求を好むこと、もっと正確に言えば前者の否定として後者を考えるが故の臆病な闘争姿勢が、企業別組合の本来的な弱点と相まって、総動員の名残たる生産主義への回収と労使協調へと行き着いたことにありますから、もしそのようなお話であるのならこれは非常に有益な指摘であり、是非とも詳細を教えていただきたく思いますけれども、ところでアナタは何が仰りたいんでしたっけ?


というか、零細事業者はどうするとか正社員は全員「階級の敵」かとかって疑問は、リンク先のブログに書いてあるから皆読んでよ!*3

*1:もちろん、政治的バイアスがない等とオモシロいことは申しませんが。飽くまで一定の政治的立場――とはいえ、それなりに広範な領域に共有されるであろう原則的立場――に立った上で申しておりますことは否認するところではございません。

*2:ご飯をくれる人は皆トモダチ。

*3:全部が全部賛成ってわけじゃないけどね。組合の自主管理って結局企業と資本の論理に譲歩することにならざるを得ないだろうし、そもそも従来の労働組合が鬱陶しい一番の理由が職場の自主管理で、生産力第一主義よろしく"真面目に元気に働きましょう"とか寝言を垂れ流したりして結局企業の業績向上の論理に絡めとられていることだもの――企業別組合の悪弊!